私が自律神経失調症と言われるまで

 

実は、20歳の時に自律神経失調症と言われたことがあります。
当時は作業療法士の学生でした。

今回はその体験談をお話します。 かなり長文なので、小説感覚で読んでください(/TДT)/

もしも現在同じような経験をしている学生さんがいたら、いつでも相談に乗りますので
メッセージください。

1、はじめに。作業療法士ってなに?
作業療法士

作業療法士は、一言で言うとリハビリのお仕事です。
領域は身体・精神・発達・高齢期など、幅広いです。
それぞれの分野で、患者様が障がいを抱えても「その人らしく」生きていけるようにサポートします。

様々な道具を用いて、リハビリをリハビリらしく見せず、楽しく心身機能の改善を図っていきます。

医療系の仕事に就くまでには、ハードは実習を乗り越える必要があります。
作業療法士は学生のうちにトータル半年以上の実習が義務です。
学校にもよりますが、大抵は一人で実習地に送り出されます。

だから、実習中に相談できる相手はいません。

私が心の調子を崩したのは、3年生の病院実習の時。
期間は2ヵ月。場所を変えて、もう1回、2ヵ月。計4か月。

 

 

2、一回目の実習

1カ所目の実習地では、指導者が「背中で語る」タイプの人だったので、
指導者の所在を探すのも困難。
他の先生たちが気を遣って「○○先生○○にいたよ」とよく声をかけてくれていました。

質問の内容が悪いからか、質問をしても返ってきません。
寡黙な先生でした。

先生の仕事終わりにその日のフィードバックを受けていたのですが、
フィードバックが始まるのが20時頃。
「今日は○○がダメだった」と一言で終わりの日もありました。

家に帰ってレポートを書きます。
レポートの量は毎日、3時間眠れたら良いかな、くらいの量でした。
2ヵ月かけて2万文字以上の、担当患者様の評価、治療計画、リハビリを実施しての経過などをまとめます。それとは別に、毎日記入する手書きの実習レポートがありました。


そうやって徹夜して書いたレポートも、
見てもらえず、見かねた他の先生が、その指導者に気を遣いながら、
ばれないようにこっそり見てくださっていました。


頑張っても認めてもらえない、
存在を認識してもらっているかわからない


という状況が続き、帰り道はよく泣いていました。
友達にLINEをしたこともありましたが、友達は友達で大変な思いをしているので、
頻回にはできません。

それに、「やめたいな~」なんて愚痴っても、やめれないことは分かっています。
実習が停止になると、作業療法士にはなれません。
ただそこに行きさえすれば、停止になることはない・・・
それだけの思いで、毎朝実習地に向かっていました。

実習最終日。
指導者の先生は半休だったので最後はいませんでした。
最後の挨拶を終え、他の先生方から
「あすかさんの気持ちはわかってるから」と言われ、人目も気にせず崩れるようにして泣きました。

 

3、二回目の実習

二週間のインターンの後、二カ所目で実習です。

指導者の先生も含め、優しい方ばかりでした。

しかし、一回目の実習で指導者と上手くいっていなかったことを知ると、
「なんか問題のある子なんじゃないか」という目で評価されるようになってしまいました。

患者さんとの話が弾んでいると、「無理し過ぎ」「距離が近い」
弾んでいないと、「顔が固い」「内容選んで」
とフィードバックを受けます。

常に見られている、評価されているという思いから、
人と話すことが怖くなってしまいました。

すると、それが先生たちにも伝わるのでしょう。
コミュニケーションスキルの低い人だというハンコを押されました。
「あすかさんって、人から好かれるの最初だけじゃない?」
と言われ、すごくショックでした。

人と会うのが怖くなり、それでまた良くない評価をされる。悪循環です。

「みんなが自分の良くない噂をしている」

「自分の悪口を共有している」

という思いに支配され、

この頃から次第に心に不調が出始めました。

4、心と身体の調子を崩す

二回目の実習の後半、

なんでもない時に涙が出てきます。

ご飯が食べたくありません。
体重計の数字が減るのだけが楽しみです。
昼ごはんだけはどうしても食べなければなりませんでした。
一日一食、ご飯を食べさせられたあとは下剤を飲んでいました。
それでもまだ腸の中に食べ物がある気がして、夜も朝も下剤を飲んでいました。

元々標準体重以下なのに、
2ヵ月で8㎏体重が減りました。

常にイライラした気持ちと、空虚感。
ノートパソコンを壁に叩きつけた日もありました。

疾患に関する知識はあったので、

「ここで精神科に行ったら、摂食障害と抑うつって言われる」

実習停止になって、作業療法士になれなかったら、親が悲しむ。

というだけの思いで、8週間を終えました。

 

5、復活。

実習を終えると、学校に戻って卒業論文、国家試験の準備と立て込みます。

実習後2ヵ月は何も考えられず、ただ学校に行っていました。
痩せた姿を見るとみんな驚いていました。
実習は終えたけど、就職してまた上手くいかなかったらどうしよう。
そう思うと憂鬱でなりませんでした。
友達と話している時は少しだけ気が紛れました。
それでも、何もない時につーっと涙が出るのは残存。

ある朝、激しい胸痛で目が覚めました。
身体を動かすこともできず、祖父に送ってもらって心療内科を受診。

頻脈であること以外、心電図では異常が見られず、ホルター心電図(24時間計測できる心電図)
を付けました。

当時、私は、眠っている時も脈が120回/分でした。
常に何かに緊張している状態。

診断名は自律神経失調症でした。

そこから通院と薬物治療をして、身体的な症状は改善。

身体がラクになってから、親に冗談っぽく、

「学校やめようかな~」

と言ってみました。今まで、「辞めたら親が悲しむ」と思って言えずにいましたが、母はすんなりと、

「どがん仕事に就いても、あすかはあすかたい」

と言ってくれました。

どんな自分でも受け入れてくれる存在って、なんて有り難いんだろう
母の言葉で心の底からラクになることができ、学校を辞めずに済みました。

国家試験も合格し、今は作業療法士4年目です。

精神科の患者様たちと、毎日悩みに向き合っています。

母が私にしてくれたように、
患者様にとって私が、全てを受け止める存在になりたいと思っています。

長文になりましたが、最後まで読んでくださった方、ありがとうございました!
これからも私は皆さまが「ラクに生きる」ことを支援していきたいと思いますので、どうぞよろしくお願いいたします!

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